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本をつくって交換する(文学フリマ東京39日記)

オモコロやデイリーポータルZでおなじみのSatoruさん・岡田悠さんの「超旅ラジオ」という最高なポッドキャストがある。そのリスナーとしてワイワイしていたら、1冊の本が完成した。その名も『日本最古の旅行記を27人で分けて読む』



上記の漫画にあるように

遣唐使である円仁さんが書いた日本最古の旅行記『入唐求法巡礼行記』を27人で分けて読んだのである。担当パート(ひとり約24 p)を本の途中から読み始め、途中で終える。混乱しつつもそれぞれ自由に感想を書く。そして27人すべての感想を通しで読んだとき、えも言われぬ感情が湧き上がるのだ。


分読(ぶんどく)という新しい読書の誕生!! ぶ厚く読みにくい本でも大勢でかかればどうにかなる。パッチワークのようにカラフルな文体で書かれた27の感想は、今までにない読書体験を生み出した。【詳しくはこちらのPodcastをお聴きください】


私は利尻島に向かうフェリーの中で1185年前の船旅パートを読んだ。2等室のカーペットに寝そべりながら、平安時代の過酷な海外旅行に思いを馳せる。

ごろ寝ができる最高の読書環境

利尻富士だー!


途中から読んでいるから、わからない空白だらけだ。命懸けで旅しているけど、彼がなぜそこまでするのか、どこに赴き、最終目的がなんなのか殆どわからない。けれど人間の脳はすごいもので、足りないところに想像や自分の経験を代入して、物語を続けてしまう。私であれば、船旅で死んでしまった頼れる占い師を「映画ドラえもん」におけるドラえもんの喪失に置き換えたし、ナコさんは脱水症状で救急車を呼んだ体験を赤痢に倒れる人々に重ね、海外駐在員であられるKumonosさんは思慮深く相手を立てる円仁さんに日本のサラリーマンの原点を感じた。


ないから、補う。それが27人それぞれの人生でもある。自分を代入してしまうからこそ、円仁という一人の僧の旅が気づけば私と一体になっている。


ここに、分読最大の魅力があるように感じた。

こうして27の感想が集められ、1冊の本になったのである。私は表紙の絵を依頼され、図書館で資料を探しながらもう一度全員の感想を読み直した。メンバーには僧侶の方もいらっしゃり(たっほさん)おかざき真里の漫画『阿・吽』5〜6巻に最澄(円仁の師匠)と空海が遣唐使として唐にいく場面があると教わる。これが当時の様子をビジュアルでビシビシ伝えてくれた。のちに弘法大師と呼ばれる(弘法にも筆の誤りという諺の!)書の達人空海がすごい手紙をしたためて、人の心を動かし、現地役人を吹っ飛ばし、困難を乗り越えるシーンを読む。手紙を書ける技術が当時どれほど重要か!! 書類ひとつで積み上げた苦労が水の泡になったり、人の命を助けたりできるのだ。中国語が喋れなくても手紙は自分の言葉で生成できる。そこに旅の未来すべてを乗せて、一文字一文字、丁寧に筆を走らせるのだ。この作業を円仁さんも引き継いでいる。一生懸命に相手を立て、へりくだり、しかし自分の主張も混ぜ込んでいく。ああ、頑張ってお仕事しているなあ。


こうして調べているうちに、唐から命懸けで持ち帰ったものがどれほど素晴らしく、意味のあるものなのか徐々にわかってきた。文化遺産オンラインで「円仁」と検索をかけると、現在に残る円仁さんが伝えたものの一部をみることができる。特に曼荼羅は仏教の教えをぎゅっと表したものなので(サンスクリット語で"本質を所有するもの"という意味らしい)円仁さんが伝えたものを鎌倉時代に写した金剛界八十一尊曼荼羅いつかこの目でみたい。サイトに記された「唐風の厳しい目鼻立ち、細く引き締まったプロポーション、そして肉身や着衣に強い隈取り」ってどんなものなんだろう。ただ24ページほど『入唐求法巡礼行記』を読んだだけなのに、気づけば遠くまで来てしまった。

本文を印刷したものの横にラフをたくさん描きました


締め切りギリギリになって、岡田悠さんが「これは新しい本の読み方である」とおっしゃられているのを耳にし、ウオー! やっぱ27人全員描くしかねえ! 27人で分けて読んだという事実を表すこと、これが本書最大の特徴だ! と大幅に描き直しをして現在の表紙が完成した。

そして12月1日の文学フリマ東京で売られることになったのである。



 

文学フリマ東京39当日

5:30に起きて、6:20頃家を出る。これから日帰りで札幌から東京へ行くのだ。朝の住宅街にはうっすら雪が積もっていて、振り返れば私の足跡が残っている。息子達は夫に託したので、今日は存分に自分だけの活動に集中できる! 自由を噛み締めつつ、ザクザク足跡を残して駅までの道を行く。新千歳空港で今日のスケジュールを一覧にまとめる。



本当に文学フリマに行って帰るだけの旅だな。でもその潔さがいい。飛行機で寝てたらもう羽田空港だ。関東の土地で最初にやること、それは

崎陽軒のシウマイ弁当!!

人が少ない待合室で優雅にタケノコ煮をいただく。シウマイ弁当は白ごはんが美味しいのだ。しょっぱめのマグロ照り焼きと合間に食べるあんず。このバランスが本当に素晴らしい。おいしいものに溢れる北海道に住んでいても、この輝きは消えることがないな。


11:00、東京ビッグサイト行きのリムジンバスに乗る。23分でまっすぐ現地入りできるのはとてもありがたい。ネット予約のQRコードをかざして席につくと、前にはお相撲さんが乗っていた。流れるように東京の海沿いを抜けて、あっという間に到着。岡山に住む父が、出張でビッグサイトの展示会に行く時は絶対飛行機がいいと会社に懇願してた理由がわかった。これはスムーズすぎる。地方民が東京で味わう「人が多いしんどさ」がゼロだ。バスで東京ビッグサイト、大変おすすめ。


ビッグサイトといえばコミケ、コミケといえば戦場!! というイメージが強く、ここからドッと人が増えるのか……!? とドキドキしたらビッグサイトが巨大すぎて、圧迫感はあまりない。2009年にはじめて文学フリマで短歌と小説の同人誌を出したときは、蒲田の大田区産業プラザPioが会場で、会場全部が文学フリマだった。そこにいる人のほどんどが出店者か入場者で文学好きがこんなに?! と驚いたものである。当時大学生だった暇を利用して、リソグラフの本文2色印刷にいきなり挑戦し「ぐお〜作るの大変ー!!」とのたうち回ったなあ。すでにイラストの仕事をやってはいたが、編集、デザイン、販売と全部やれたのは、後の仕事に大いに役立った。

2009年にはじめて文学フリマで売った同人誌『屋上キングダム』

屋上で飲み会をしたメンバーがもりあがって、屋上をテーマに小説・エッセイ・短歌をつくった

レトロ印刷のリソグラフで本文も2色刷りに!

歌人の志井一さんにコピーを考えてもらって、メンバーの広告を挟み込んだり。ものすごく色々空回りしたけど、新しい何かをやりたい気持ちだけは今でもビシビシ感じる


時の流れを感じつつ、広い広い会場を歩く。ビッグサイトとしてイメージする四角錐が宙に浮いてる部分は国際会議場で、こういうイベントでは立ち入れないのだと下から見上げる。でっかい構造物は人間がちっぽけに感じられて、気持ちがいい。

だだっ広い屋上展示場に案内され、開場を待つ列に並んだ。快晴で空がどこまでも青い。日差しが暖かく、コートや上着をどんどん脱ぐ。ついにTシャツ1枚になってしまった。こういう日を小春日和と呼ぶのだろうか。


12時すぎ、やっと会場に入る。まずは古賀及子さんのブースだ。新刊をなんとしても入手したい。うわ〜! もう行列ができて……いやこれは隣のマンスーンさんに集まる方々だ。「ふっくらすずめクラブ大好きです! まんてゃカワイイ!」と念を送りつつ、息を切らせながら古賀さんの前に立つ。「息子と同人誌時代からずっと日記を読んでます!」と差し入れの自分の日記を渡す。古賀さんがSNSで手土産よりもそっちが嬉しいと言われていたからである。歌人の枡野浩一さん経由で「後藤グミさん! 知ってます!」と言われてうれしい。中学生でデイリーポータルZを読み始めてから、古賀さんのことをずっと応援してます、と心の中で思う。一番言いたいことが全然声に出てこない。でも、自分がつくったものを古賀さんに託した。それで十分なのだ。いつかの古賀日記に北海道土産にもらった(たぶん六花亭?)の1袋3粒入ったキャラメルを1日かけて家族3人で食べる話があり、それも少量手渡す。これ見るたびに古賀さん思い出すんですよと。

後ろに人が増えてきたので素早く離脱し、次は青木淳吾さんの新刊『憧れの世界 ーー翻案小説を書く』を買う。彼の『四十日と四十夜のメルヘン』がめちゃくちゃ好きで、新しい作品をずっとずっと待っていた。

当日、私はガルシア=マルケスの顔Tシャツを着ていたのだが、青木さんの横にいた友田とんさんに(『百年の孤独を代わりに読む』著者!)本日1回目の「うわー!ガルシア=マルケスですね」ツッコミを頂いた。とてもうれしい。友田さんの出版社「代わりに読む人」で青木淳吾新刊が出ていたのですね。知らなかった。本当にありがとうございます。今回私が絵を描いた本のチラシを渡し、サインもいただく。帰宅してから友田さんと「新しい本の読み方について、もっと話すべきだったのでは!?」と後悔が残ったが、それはまた次回。

これを着てウロウロしてました。いい顔してるよね


はー、ファンとしてやりたいことはやった。あとは超旅ラジオだ! M33ブースに向かうと表紙がでっかく印刷されたポスターがバーンとあって笑う。

ああ、この絵が描けてよかったな。ブースはとても盛況でうれしいかぎり。岡田さんに挨拶して、ついに印刷されたものを受け取る。物理としてこの世界にこの本がある喜び!!! このために札幌から東京に来たのだ。

やったー!!!!


開場からわずか30分ほどで、憧れの人に複数会って愛を伝え、その愛のパワーを原動力に出来上がった自分の作品を憧れの人に紹介する。


なんて、なんて、すごい場所なんだろう。お客さんとして参加するのもいいけど、どんなに簡素でもいいから「つくる側」にまわって、それを交換するのが文学フリマの醍醐味だ。


あなたがいるから、今の自分があると伝えること。自己顕示欲を超えた、純粋な創作の力を、私は信じたい。


 

もう、燃え尽きちゃったな......。一仕事終えた気持ちで古くからの友人、猫歌人の仁尾智さんに会う。


わかるなよ あなたにわかるかなしみはあなたのものでぼくのではない

このような素晴らしい短歌をつくる人。

枡野浩一のかんたん短歌blog投稿者として出会った彼とは2011〜2020年までPodcast『僕たちだけがおもしろい』を一緒にやっていて(私は裏方)とにかく楽に会話できるのだ。


いやー私らが知ってる文学フリマとは別物になりましたなあ……人がすごいし、短歌ブースがこんなにあるとは……もうマイナージャンルじゃない! と古参老害ムーブをしつつ、なにか新しい出会いを探そうと一緒にウロウロする。昨夜カタログで気になった本があるんですよと『あの日、灯台の上で』(地図子)という、日本にある登れる灯台16箇所に全て行った写真集をみにいく。

日本地図をみたときに「ああ、ここ、端っこだな〜」となる場所に灯台は置かれていると話をきく。灯台に登るのはロマンですよね。子どもの頃読んだ『ムーミンパパ海へ行く』がまさに島の灯台に住む話で、すごくすごく憧れたのだ。



それぞれ見たいものをみますかと、仁尾さんと一旦解散し、色々終えて休憩のため途中退場。自販機の並びにセブンティーンアイスがあって、わーいとソーダフロートのボタンを押す。今日の青空にぴったりだ。

会場は混んでいるけど、外に出れば大量のベンチと広い空間があって心地よい。食べる場所を探したら仁尾さんがいたので横に座る。お互いの顔を見ないで遠くの富士山をながめつつ、雑談。


新しさの獲得について話す。同じところに長くいると、つくるもの全部が過去の前例とタブって「新規性なーい」「モチベーションあがらなーい」気持ちになるけど、新しくそれに出会う人は制作側のモヤモヤなんて関係なくフレッシュに驚いてくれるはずだから、結局出し続けるしかないんすよねーみたいな話をする。小さくても1コなにかが変わってれば上出来。


仁尾さんの話がおもしろいので、隣のベンチにいるカップルが静かに聞き耳を立てているのがわかる。しめしめ。やはり仁尾さんは話す何かをやるといいよ。


 

また会場に戻り、フラフラする。新潮社さんのブースに向かうと本日2回目の「あ!!ガルシア=マルケス!」をいただく。というか言葉を交わす前から目でTシャツを喜んでくださった。なぜなら新潮社さんで買ったものを私が着ているからだ! つくった人に会いに行っている。さらに文庫版『百年の孤独』担当編集の菊池亮さんもいる。うれしー!


このTシャツ最高です」と開口一番に伝えたら、「誤植あるから格安で売ってるやつあるよ」と教わる。


えっ!? ご…誤植!?

それって同じような名前がたくさん出てくる家系図グッズに1箇所間違いがあって、すでに発送完了した予約注文の人にもう一度新しく直したものを送った、あの伝説のやつですか!?!?


これがなぜすごいかというと、同じような名前で混乱することがもう『百年の孤独』という作品の一部のようだからだ。アウレリャノという息子が17人いたり、死んだ人がさらっと生き返ったり、4年と11ヶ月と2日雨が降り続いたり、村人全員が不眠症になったり……とにかく過剰な設定がしれっと現れては消えていく。完全にボケなんだけど、その裏にはコロンビアの悲しい歴史やジャーナリズムもあって、何が正しくて何が冗談なのかどんどんわからなくなる。ガルシア=マルケスの魔法が2024年の日本のグッズにも及んでしまった。


私が盛り上がっていると、後ろにいた見知らぬ紳士が「そうそう、SNSで話題になってましたよ、正しいものを全員に送り直した新潮社さんすごいって」と応戦してくださる。


今回本を出した超旅ラジオでも焼酎「百年の孤独」を飲みながら『百年の孤独』を語る回がある。配信者のSatoruさんが本書を大好きで、リスナーが集うDiscordで、なぜ予約注文をして誤植版を手に入れなかったのか……! 経緯込みでレアすぎる一品!! とみんなで悔しがったのだ。


それが、目の前に!!

× JOSÉ ARCADIO SUGUNDO

○JOSÉ ARCADIO SEGUNDO


即座に、500円で家系図トートバッグを入手。後ろの紳士は「僕も欲しいけど、あなたのお仲間たちに行き届いて欲しいから、閉場直前にまだ残ってたら頂こうかな」

とハイパー素敵な対応をしてくださる。ありがとうございます!! ちゃんとお礼もできなかったけれど、紳士とお話できて本当によかったです。こういう出会いが、文学フリマだなあ!!


 

ここから会場にいた超旅ラジオ関係者に会うたび「誤植版が叩き売られてます!」とお知らせしてまわる。私は一体何の回し者なんだ。でも皆さん喜んでくれて嬉しい。はじめてお会いする方々なのに、ニッチな話題を共有できる喜びがすごい。Satoruさんにお伝えしたら「なんだってー!?」とすごい速さで新潮社ブースに向かって行っていかれた。鮮やかでかっこよかった。


 

そうこうしている間に閉場の17:00が近づく。最後にブースに戻ると完売の文字が!!

やったー!!

これ以上の喜びはない。売れすぎて書き手のSatoruさんの分がなくなってしまうほど。27人で書いた感想の旅が、本の形となって読者のもとへ出航した。


焚き火で火を起こすとか、釣り竿に魚がかかるみたいなプリミティブな興奮が、ただそこにある。


本を作って、読者に手渡す。

これだけで人は幸せになれるんだな。

この本に携われて本当によかった。

帰りの飛行機で真新しい『日本最古の旅行記を27人で分けて読む』を開く。最後まで読んで、窓の外をみる。次はなにをつくろうかな。



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文学フリマで買った本。久々にお会いできた方など、書けてないエピソードがたくさんある。すみません!でも全部楽しかったです。


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